寝るという現実逃避

今日は二度寝三度寝を繰り返し、

19時くらいまで寝てました。。クズ。。

(図書館は月曜休館だったんだヨ)


とある人の夢を見たら、その人から電話が掛かってきました。


その後友人と夜ご飯へ行き、

つぎの映画の話をしながら

一緒に歩いて帰る。

家が近いとこういうところが良いです。


明日、明後日またひたすら働いて、26日はリハだー。

そのために画コンテ描いてたんですが、途中で嫌になり放棄。

画コンテを最後までかけたことほとんどない。

昔漫画家になりたかったけど、漫画も最後まで描けたことない。

どんなに下手くそでも最後までやれないというのはそもそも向いていないんだろうな。


つぎの映画、

決まってないことばかりで憂鬱だ!

スタッフィングも、キャスティング(あと1名)も、ロケ地も。

それらが決まらないと撮影日も決められん。


フー。


どうなることやら。。。


最近は、映画も本も受け付けなくて、

音楽しか受け付けない。

インプットしなきゃわりとヤバイ。

もう一年以上、インプット作業を放棄してアウトプットばかりしてる。枯渇する。


来月はライブに2ついけそうなので、超たのしみです。


ではでは

働いてばかり

15日。

お見舞いに行った。

駅から徒歩30分弱。

グーグル先生を頼りながら歩く。

東京じゃないみたいで、まるで地方のようで、

生活が根付いている感じがして懐かしい気持ちになった。

歩く。

ニットを着てきたのが間違いだったかなと思うくらいで、背中が汗ばむ。


お見舞いの内容は控える。


終わって、また歩き始めた。

今度は違う駅に向かって。

それも徒歩30分弱。

知らない道。知らない街。

多分もう二度とこないかもしれない、通らないかもしれない道。


着いてから

わたしは電車に乗って阿佐ヶ谷へ。

友人らと合流し、楽しくお酒を飲む。

この日はとても楽しくて、朝まで元気に飲んでしまった。

家についたら、あと3時間後には家を出なくてはならない時間だった。

めちゃめちゃ疲れたはずなのに、逆に目が冴えてしばらく眠れず、

1時間ほどしか睡眠時間を取れずに最悪の目覚め。

これから満員電車に乗るのか…と、憂鬱な気持ちで布団でゴロゴロしながら友人Sとラインをしていたら、渋谷まで乗ってく?と。

ラッキー!乗せてって!と、衣装合わせの小道具を積んだハイエースに飛び乗る。

車内はチャットモンチーがながれている。

わたしは若干二日酔いで気持ち悪くなりながら

友人とぼんやりとした会話をする。

タバコ吸っていいよ、と言われたので一本頂戴し、タバコをふかす。(前日ののみで2箱は開けたので気持ち悪かったけど、吸いたい気分だったのだ)

こりゃ遅刻するかも、な、調子だったが、

なんとかギリセーフで打ち合わせに間に合う。


打ち合わせといえるのかどうか…な

打ち合わせを終えて、仕事へ。

毎回、打ち合わせでへらへらしてしまうのはなぜだろう。。

次の日も、その次の日も仕事に勤しみ、

19日は夕方頃までゴロゴロ。

いろんな連絡を返したりして、風呂に入り、出かける。

この日はとある人たちとご飯にいく予定だったのだが、ある人を待ってる途中で予定変更され

タクシーに飛び乗って目的地へ。

ビールなんて好んで飲まないのに、ひたすらビールをのんでしまうわたし。

その場を終え、渋谷に戻って道端でタバコを吸ってちょっと話してから帰る。

20日もひたすら働き、21日は17:00からのはずが呼び出されて14:30から働く。今日22日は朝から仕事だ。

こんなに働いているのに財布の中はさみしいし、心もさみしい。


23日は一日やすみだから

図書館にでも行こうかと思うけど

きっと多分寝て終わるんだろうな。

24、25はまた働いて、26はリハやる予定だが何も決まっていない。場所と時間だけが決まっている。これもどうにかしないとなあ…。

27、28も働く。

働いてしかない。

インプットもアウトプットもしていなくて、日々をただこなしていっているだけで、頭がかち割れそうだ。


うん。

気づけば3時。

前回から結構空きましたが、

いろんなことがありました。

無事初号を迎えられ、朝まで飲み倒しました。

帰りのタクシーから見えた、朝の薄青い空と真っ白な月は一生忘れません。

賛否両論、傷つきながらも、あたりまえだと。

前作のときも、初号のようなもの、のときはボロカスに叩かれて悔しさのあまり泣きました。

それなのに、多くの人に届いた。

わからないもんだ。


初号ロスというか、燃え尽きてしまって

それから数日はとてつもない虚無感に苛まれてどうにかなってしまいそうだった。

思考もネガティブになっていって、なにもかもがうまくゆかない気がした。

さみしさを埋めるためにいろんな人と飲みにいったが、酒はさみしさを倍増させるだけだった。

次の作品のキャスティングも不穏な空気を醸し出していて、路頭に迷いそうだった。

それを師匠に電話で相談したら、「とにかく話せ、話さないことには何にもならない。おまえはもう大人なんだ。監督なんだ。作品に遠慮をするな。ワガママを言え。それで決裂しても仕方ない。でもおまえがこの先大きくなったらそいつはまた戻ってくる。話せ」と。

わたしはそれから、とりあえず一度話させてくださいとお願いし数日後に会った。そしたらすんなり快諾だった。

とある一点が心配なだけだったようだった。

本もこの方向性で良いと。

単純なわたしは、目の前の霧が一気に晴れたような気になった。


キャスティングというのは作品にとって最重要なのはもちろん、わたし個人にとってもとても重要で、

「その人」だからがんばれるし、やりきれる、そういう部分がある。

それで失敗したこともあれば、とてつもないパワーを生んだこともある。

だから、お願いしたい人が決まったというだけで、作品をつくるパワーが、今までの数倍みなぎってきたのである。


それからの数日間は働いて寝て働いて寝てを繰り返し、たまに飲みにでかけた。


あしたは、大事な人に会いにいって、

それからまたのむ。

のまないとちょっと、孤独に耐えかねるのだ。最近のわたしは。


さ、3時もまわったし、寝ましょうか。